Photo by NAO KASHIMA(NOEMA INC.)
マントノン夫人(1635-1719)、旧姓フランソワーズ・ドーヴィニェは、マリ・テレーズ王妃の死後、秘密結婚により、ルイ十四世の正式な妻となった例外的宮廷女性。アンリ四世の友人でプロテスタントの猛将として知られる詩人アグリッパ・ヴィニェの孫娘だが、父が放蕩者だったため、牢獄の中で生まれる。ウルスラ会修道院で教育を受けた後、パリに上って、有名作家のポール・スカロンに近づき、その妻となる。スカロンの死後、宮廷に入り、モンテスパン夫人の子であるメーヌ公の養育係となり、その功績により、マントノン女公爵の称号を得る。モンテスパン夫人との恋愛に倦んだ太陽王の罪悪感に目をつけ、王妃マリ・テレーズの死後、王の懺悔聴聞僧の役割を演ずるようになる。愛人となることを拒んで王に正式結婚を認めさせ、「王の王」として君臨、カトリック過激派と組んで、1685年、アンリ四世が1598年に発したナントの勅令を王に廃止させ、プロテスタントをフランスから追放することに成功する。 以後、1715年まで、事実上の「王妃」となったマントノン夫人がフランスを支配して、禁欲と偽善の時代を作り出した。
出展 『才能、地位、美しさによって有名なフランス女性のギャラリー 全身像』《Galerie Francaise de Femmes Célèbres par leurs talens, leur rang ou leur beaute. Portrais en pied》 発行地 パリ 発行者 ル・ロワ書店 発行年1841年 原画・ランテ 銅版・ガッティーヌ 文・ラ・メザンジェール