マルグリット・ド・フランス (アンリ二世の王女、アンリ四世最初の王妃 )Marguerite de France (Fille de Henri II, Premiere femme de Henri IV)

マルグリット・ド・フランス  (アンリ二世の王女、アンリ四世最初の王妃 )Marguerite de France (Fille de Henri II, Premiere femme de Henri IV)

Photo by NAO KASHIMA(NOEMA INC.)

写真情報

作品番号:
148
撮影日:
2011/01/19
クレジット:
©NOEMA INC.JAPAN
カテゴリー:
人物(王妃・王女・愛妾)

マルグリット・ド・フランス(1553-1615)、通称マルゴは、王朝の交替により、クロード王妃についで、フランス王女にしてフランス王妃という奇跡を演じた二人目の女性。アンリ二世とカトリーヌ・ド・メディシスの末娘として生まれ、四人の兄(フランソワ一世、シャルル九世、アンリ三世、アランソン公フランソワ)と一緒に育てられた。聡明で読書を好んだが、同時に男と見れば媚態を示す癖があり、兄や弟との近親相姦の噂が絶えなかった。最初の恋人はカトリック陣営の若きプリンス、アンリ・ド・ギーズだが、カトリーヌ・ド・メディシスの深慮遠謀により、プロテスタント陣営との融和を図る目的で頭目のアンリ・ド・ナヴァールとの結婚を命じられる。結婚式は1572年8月18日から行われ、プロテスタント陣営の大物がパリに集まったが、そのことがカトリック陣営の疑心暗鬼を呼び、コリニー提督暗殺未遂事件をきっかけにして8月24日のサン・バルテルミーの大虐殺へと発展した。マルゴはカトリーヌ・ド・メディシスからアンリ・ド・ナヴァールとの離婚を命じられたが、これを拒否、一方、アンリは改宗を受け入れた。弟のアランソン公フランソワとアンリ・ド・ナヴァールが中心となって企てた「マルディ・グラの陰謀」が露見し、愛人のボニファス・ド・モールが犠牲となって斬首されるが、マルゴはそれでも新王アンリ三世に対する戦いをやめず、南仏に逃れた夫に合流して抵抗を続けた。その後、アンリ三世、アンリ・ド・ギーズ、アンリ・ド・ナヴァールが三つ巴になって戦う「三人のアンリの戦い」が起きると、昔の恋人アンリ・ド・ギーズと組んで夫に対して反乱を組織したが、失敗、イボワの山城に19年間幽閉された。1599年、離婚を条件に釈放されたマルゴはパリに戻り、アンリ四世と和解して、若い恋人を次々に作りながら、平穏な晩年を送った。
出展 『才能、地位、美しさによって有名なフランス女性のギャラリー 全身像』《Galerie Francaise de Femmes Célèbres par leurs talens, leur rang ou leur beaute. Portrais en pied》 発行地 パリ 発行者 ル・ロワ書店 発行年1841年 原画・ランテ 銅版・ガッティーヌ 文・ラ・メザンジェール

サイズ・解像度

データ解像度:
350dpi
データサイズ:
23.22 MB
ピクセル数:
2391x3393

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