カトリーヌ・ド・メディシス Catherine de Medicis

カトリーヌ・ド・メディシス Catherine de Medicis

Photo by NAO KASHIMA(NOEMA INC.)

写真情報

作品番号:
138
撮影日:
2011/01/19
クレジット:
©NOEMA INC.JAPAN
カテゴリー:
人物(王妃・王女・愛妾)

カトリーヌ・ド・メディシス(1519-1589)はフランス王アンリ二世の王妃。 アンリ二世の死後は王となった三人の息子フランソワ二世、シャルル九世、アンリ三世を母后として支え、宗教戦争時代に王権の舵取を行った。フィレンツェの支配者メディチ家の継承者ウルビーノ公ロレンツォ・ディ・メディチと聖王ルイの血を引くブルボン家出身のマドレーヌ・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュの間に生まれたカテリーナは幼くして両親を亡くし、親戚のローマ教皇クレメンス七世のもとで育てられたが、ハプスブルク家を排してローマとフランスの同盟を図る教皇とフランソワ一世の思惑が一致し、アンリ王子との結婚が決まる。アンリ二世が馬上槍試合で非業の死を遂げるまでは、愛姫ディーヌ・ド・ポワティエの陰に隠れて目立たぬ存在だったが、三人の息子が次々に王位就いてからは、カトリック陣営とプロテスタント陣営の間で揺れる王権を支えるために類い稀な政治力を発揮した。末娘のマルグリット王女(マルゴ)とプロテスタント陣営の総帥ナヴァール王アンリとの結婚はその一環のはずだったが、目論見は外れ、コリニー提督暗殺未遂事件がきっかけとなり、サン・バルテルミーの大虐殺が引き起こされた。
出展 『才能、地位、美しさによって有名なフランス女性のギャラリー 全身像』《Galerie Francaise de Femmes Célèbres par leurs talens, leur rang ou leur beaute. Portrais en pied》 発行地 パリ 発行者 ル・ロワ書店 発行年1841年 原画・ランテ 銅版・ガッティーヌ 文・ラ・メザンジェール

サイズ・解像度

データ解像度:
350dpi
データサイズ:
23.23 MB
ピクセル数:
2391x3393

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